高麗人参の深い歴史

高麗人参の選び方と効果・効能などについて解説しています。
さらに歴史を紐解くことで、知識を深めることも可能です。
多岐にわたる素晴らしい薬効を持った高麗人参の魅力を感じてください。

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高麗人参の歴史にふれる

高麗人参は日本をはじめとするアジア(中国・韓国・北朝鮮)などでもっとも有名な漢方薬のひとつであり、
同時にアメリカなどの欧米でも活用されている世界的な薬草です。

そもそも漢方薬というのは、中国医学に用いられる薬物のことであり、数千年の歴史を持っていると考えられています。

特に、高麗人参においてはその歴史が深く、書物で確認できるだけでも2000年前から活用されていたことがわかっています。
これだけの歴史があるのは、高麗人参が私たちの生活と健康をまもり、医療現場を支えてきたからだと私は考えています。

そこで、ここではその歴史を紐解いていきたいと思います。

中国の医学・・・

高麗人参の生まれた土地の一つとも考えられている中国は、
非常に広大な国土を有しており、
その中から様々な医学を生み出してきました。

黄河周辺からは針やお灸の文化が生まれ、
長江下流域では本草学が生まれたと言われています。

さらに、江南の文明が薬物療法を体系的なかたちへと
発展させていったと考えられているのです。

日本への伝来

秦の始皇帝の時代にはすでに漢方薬のひとつとして高麗人参が活躍していたことがわかっており、
同時に始皇帝も愛飲していたと言われています。

日本への伝来は、古代の渡来人が既に中国医学や本草学とともに伝えていたことは間違いないかとは思いますが、
その段階では書物などに記録されてはいないので、確実な証拠はありません。

高麗人参が伝わってきたという最初の記録は、
聖武天皇の時代に、当時の日本と深い関係を持っていた渤海国からの贈り物として残されています。

高麗人参茶・人参湯が天然痘を予防

日本の歴史を振り返ってみると、そこには常に悪疫の流行に脅かされてきたという悩みがあり、
その解決策を見出すことは、時代の権力者たちの大きな命題だったと言えます。

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奈良時代や平安時代などの古代と言われている時期は、
特に、その傾向が強いと考えられるでしょう。

奈良時代の中心地である平城京では人口が集中しており、
天然痘という悪疫が流行ったときには大きなパニックになりました。

そんな時に改善策として注目されたのが「高麗人参」だったのです。

特に「高麗人参湯」という人参を煎じたお茶を飲むと、
その症状を予防・改善できるとされていたようです。
しかし、当時の日本では高麗人参は独自に栽培することはできませんでした。

その点を踏まえると、人参は海外からの輸入でしか入手できない非常に高価で希少な薬物であり、
それ故に貴族や皇族などの特権階級しか飲用することが出来なかったのです。

江戸幕府と高麗人参

その後、歴史が流れても高麗人参の重要度は変わりませんでした。 しかし日本での栽培は成功せずに、江戸時代まで年月を経ても、いまだに朝鮮・中国からの輸入を受けていたそうです。

もちろん、江戸幕府は鎖国体制を保っていますから貿易は長崎・対馬に限定されています。

日本としては、高麗人参・朝鮮人参は必要不可欠な存在ですから、豊富に採掘されていた銀を輸出することによって貿易を行っていました。

銀の流出と引き換えにしても人参は必要だったわけですが、いつまでも輸入ばかりに頼るわけにはいかない・・・

そう考えて栽培を成功させたのも江戸幕府であり、享保の改革でも知られている徳川吉宗でした。

江戸時代の人参価格の変化

輸入でしか手に入らなかったものであった為に、人参は庶民には手の出ない高貴な薬草として認識されていました。

栽培に成功した後も、品質と供給量は改善されたものの、イメージの払しょくには時間がかかった様です。

実際には、二代目・秀忠や三代目・家光の時代には上層階級に需要が集中していましたが、 四代目・家綱の時代からは需要が爆発的に伸びていったと言われています。

この時には価格の高騰も著しく、入手が非常に困難になったそうです。

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そして現代へ・・・

江戸時代から数百年を経た現在では、栽培の効率が高まり、非常に高品質な高麗人参の大量生産が可能になりました。

サプリメントが登場したということもあり、需要は衰えず、むしろ増加しているように思います。
参鶏湯(サムゲタン)などの薬膳料理も韓国を中心に人気を得ており、日本でも注目されています。

なんといっても、美容やアンチエイジングに大きな効果を発揮するということが、
現代でも大きく取り上げられている大きな要因でしょう。
ガンや生活習慣病などを改善する健康効果も期待されています。